オーストラリアの美しいバロックの都ウィーンを歩けば、ブラームスの子守唄やヨハン・シュトラウスのワルツを口ずさまずにはいられないでしょう。ウィーンは数世紀にわたり、かのハプスブルク帝国の繁栄の中心となった都です。壮麗な帝国時代の精神は、旧市街インネレシュタットInnerestadtに散りばめられた、威風堂々とした宮殿や大邸宅などに今でも残されています。また文化的な伝統としては、音楽が知られています。ヨハン・シュトラウスやブラームス、ベートーベン、シューベルト、ハイドン、モーツアルトといった偉大なクラッシック音楽の作曲家たちが、かつてウィーンに住み、演奏を行いました。今日でも、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団や国立歌劇場は名高く、クラッシック音楽の公演の回数は、世界の諸都市と比べても最も多いです。
ウィーンは音楽の都として有名ですが、同時にクリームケーキ、素晴らしいコーヒーをはじめ美食の街としても知られています。またウィーン少年合唱団の天使の歌声や、世界的にも有名なスペイン馬術学校産の種馬リピッツアナーLippizanerの誇らしげな跳躍などもよく知られるところです。
ウィーンの街の歴史は、ドナウ沿岸のケルト人の入植地として始まり、のちにローマ帝国の中央ヨーロッパにおける重要な拠点のひとつとなりました。軍事戦略上重要な川の中央に位置するという地の利により、この街は強大な帝国の中心となり、輝かしいハプスブルク王朝の動乱の統治下には繁栄の頂点を極めました。しかし19世紀末になると帝国の黄金時代は衰退へと向かいます。ウィーン名物のコーヒーハウスはフロイト、クリムト、マーラーといった急進的な知識人のたまり場となりました。第二次世界大戦下のナチスによる占領は、この街に傷を残しましたが、ウィーンは戦禍に耐え、イタリアのロマン主義とドイツ的な秩序とを併せ持った魅惑的な都であり続けています。
市内の観光名所の多くは、かつては城壁で囲まれていた、歩行者専用の地区に集中しています。かつての城壁は取り払われ、現在ではリングシュトラーセRingstrasse呼ばれる大規模な環状道路が走っています。郊外へと足を伸ばすと、巨大な観覧車が呼び物の、スリル満点のプラーターPraterの遊園地があります。シェーンブルンの夏の宮殿も見どころです。昔ながらのワイン酒場ホイリゲン'heuringen' が点在する ’ウィーンの森’ も必見です。